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鹿野ミュージカルの代表作品「さくら姫物語」

 昭和58年、鹿野町民音楽祭が始まります。それから4年、内外の優れた音楽家の公演を目の当たりにした私たちの心には、「自分達も何か創りたい」という思いが芽生えていきました。そして運命の出会いが訪れました。
 鹿野温泉を第2のふるさとにと思ってくださった作曲家中野氏(西宮市在住・元宝塚音楽家)と意気投合。ミュージカル創りの夢が急速に現実味をおびてきました。
 鹿野町の人口は4500人。ホールもない小さな町。ミュージカルのノウハウはほぼ皆無。中野氏の人脈だけをたよりにとにもかくにも行動を起こすことになりました。音楽劇「さくら姫物語」の誕生です。
 第1回、音楽とコーラスそしてナレーター・・・ミュージカルというにはほど遠い舞台でしたが、新しい何かが生まれようとするエネルギーがまちに満ち溢れた真夏の一夜、小さな町の体育館は1000人を超える住民の熱気に包まれました。





 


年々役者やスタッフを増やしながら公演を重ね、5年目の平成3年に完成作品を上演しました。
平成7年夏、新築まもない梨花ホール(鳥取市/2000人収容)での公演が実現。超満員の観衆の前で上演したのもこの作品です。
平成10年、「もっと手作り」を合い言葉に初めて町民を演出家に起用。節目ふしめに上演したい作品です。



 村上天皇第6の皇子加知弥親王
(かちみしんのう)のお后選びが行われることになり、気多(けた)の郡司 紀氏郷(きのうじさと)は娘さくら姫を連れ都へ上がる。 さくら姫は氏郷の願いどおりお后に選ばれるのだが、さくら姫はふるさとでの暮らしが捨てられず気多へと帰って行く。 親王は、姫への思いを断ち切れず、気多への旅に出るが途中病をえ、帰らぬ人へ。 さくら姫は、深い悲しみの中で観音様に出会う……

     *気多 : 鳥取県東部、現在の気高郡とほぼ同じ


観世音寺
桜姫が16歳のとき、鹿野町桜谷の桜の木に観音様の尊象を刻み開いたと伝えられる。祈祷で知られる寺でもあり、江戸時代には度重なる台風や日照りを防ぐため鳥取藩の命による祈祷もたびたび行われた。


布施の清水

紀氏郷の本拠、気高町殿(との)に湧く清水。名水百選にも選ばれている。

テーマ曲 作曲中野潤二  作詞菅沼 潤
         
#鹿野町内ではチャイム塔からも流されています。

.ふるさとはお母様の乳房
    お父様の厚い胸
獅子舞山は雄々しくて
  玉川の流れはやさしい
遠い海鳴りの音も
雪嵐の夜も子守りうたと聞いた

ふるさとの風の音はなつかしい
ふるさとの緑はかぐわし

.ふるさとに帰っていく夢を見た
   鷲峰山が迎えてくれた
はるかに続く山並みが
  豊かな田畑をいだいてた
じっと瞳を閉じれば
聞こえてくる亀井太鼓幼い日の調べ
ふるさとの丘に立つのはいつのこと
  ふるさとよ 永久に幸あれ