鹿野町の総合情報ページ「鹿野大図鑑」

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鹿野城のエピソードをリアルに再現!

 因幡の白兎はご存知ですか?
 鳥取県は昔、米子のある西部を伯耆(ほうき)の国、そして鳥取市のある東部を因幡(いなば)の国といいます。
 鹿野町はといえば、因幡の国の西端。時はまさに戦国、中国の覇者毛利氏(もうり)と織田・羽柴氏両勢力がぶつかりあう所にありました。
 やがて江戸時代、尼子氏の再興に燃え羽柴勢に加わり鹿野城を死守した亀井氏の城下町としてしばし華やかな時代が訪れます。
 亀井氏はその後津和野へお国替えとなり、鹿野は鳥取城へと吸収され次第に歴史の表舞台から姿を消していくことになりますが、当時の面影は町のいたる所に残り、また領民をいたわり富ました政治手腕は、今なお「亀井さん」と敬愛の念を込めて偲ばれています。
 ふるさとミュージカル「踊り見の城」は、亀井氏の戦ぶりを伝える「亀井踊り」(無形民俗文化財)の口承などに基づき大関弘政氏によって書かれた物語です。
 5年間に及んだ「さくら姫物語」の次の舞台であり、その後継続した活動を展開するうえでも大変重要な作品でしたが、大関氏の優れた脚本と指導に支えられ、さらに、私たち住民が心の奥底に秘めていた「誇り」をステージにありありと再現したものであり、鹿野ミュージカルの次なるステップアップに着実に歩みだすことができました。


         




  戦国時代、中国地方は毛利氏によりほぼ平定されていました。
毛利氏に敗れた尼子氏は、出雲をはなれて鹿野の地で豊臣勢の最前線として戦っていました。
 世に名高い鳥取城渇殺前夜。尼子家再興に燃える亀井新十郎は、当面の敵である兵主源六
ひょうすげんろく)を倒すため、伊予水軍の若侍与七に美しい里娘を探し出すよう命じます。
 そして盂蘭盆、踊りでにぎわう村の広場に源六が現れるが・・・・・。 「亀井音頭(鳥取県無形指定文化財)」に語り継がれている物語をベースに劇化。 当地方の盆踊りの原形ともいわれる「河内はねそ」尼子十勇士の一人山中鹿介も加わります。





幸盛寺
鹿野城主となった亀井氏は、尼子家再興の盟友であり舅でもある山中鹿介の遺髪を探し出し、城下に菩提寺を建立、山中鹿介幸盛から2文字をいただき幸盛寺とした。境内には40m近い銀杏の木が聳え立ち、その根元には「我に七難八苦を与えたまえ」の石碑とともに鹿介公の墓石がある。


テーマ曲 作曲中野潤二  作詞菅沼 潤
   
#鹿野町内ではチャイム塔からも流されています。

1.出雲八重垣 わがふるさとに
     帰りなんいつの日か
     同胞とともどもに

   潮騒のやさしき調べよ 
    花橘の薫る空よ
     なつかしき我が出雲 
     わがふるさと

.緑やさしいき 
       わがふるさとに
    生きることの喜び
     今ここに歌おう
    山々にこだませ 歌声
   あふれる思い届けあの空
   うるわしきわが鹿野
   わがふるさと