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みょうこうじ
 鹿野山妙光寺。寺伝によると1474(文明6)年に法華宗の僧日任が草庵を建て法華経を布教したのが鹿野の法華宗の始まりといわれます。その後1600(慶長5)年に備前の僧日帳がこの草庵の跡地に寺を建て本長寺と号して再び法華経を広めるようになり、領主亀井茲矩に寺領を拝領したと伝えています。1617(元和3)年から鹿野に住むことになった日置忠俊は家が法華宗なので本長寺を菩提寺として大切にしました。しかし1632(寛永9)年忠俊は備前の金河に移り、本長寺の住職日帳もこれに従い本長寺は廃寺となってしまいました。現在地にある妙光寺は2世日安住職と信者たちによってこの年から間もないころに建立されたものと思われます。1640(寛永17)年に鹿野に移された池田輝澄(石入)は自身が法華宗でもあり、妙光寺に蓮葉院(祖母・家康の側室)国清院(父・池田輝政)華光院(母・家康の娘)などの位牌を納めて菩提寺としました。1647(正保4)年息女良子が病没すると雪窓院殿日梅大姉と法号を贈られ、葭ヶ谷に墓を築き隣接の山林(妙光寺山)を与え遺品を数多く贈ったといわれます。

みょうこうじ


 法華宗陣門流

 本成寺(新潟県)

 十界勧請大曼荼羅



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