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 仏の道をひろめるため諸国をめぐっておられたお大師さんは、越水の村に立ちよられました。ところがこの越水の村は、良い水がなく飲み水にも不自由であることをごらんになられて、村のあちこらこちらを見て歩き、村人に「ここを掘(ほ)ってみなさい。」といわれました。村人がいわれたところを掘りますと、すぐに清らかな水がわきだしました。この泉はいまもかれることなく、こんこんとわき続けています。
 越水で泉を掘りあてたお大師さんは、今市村の西側にある山の麓にお堂を建てられ、ここでしばらくの間布教に当たられたといわれています。この場所を弘法屋敷といっています。

[弘法大師]



 お大師さんといわれる弘法大師は、774(宝亀(ほうき)5)年に讃岐(香川県)で生まれ、803(延暦(えんりゃく)22)年30歳のとき出家し、空海と名乗り、翌23年遣唐使に従って唐にわたり、各地で仏教を学んで806(大同元)年帰国し、真言宗をとなえて816(弘仁(こうにん)7)年高野山に道場(金剛(こんごう)峰寺(ぶじ))を創建。823(弘仁14)年東寺(とうじ)を下賜(げし)され、これを真言密教の道場とし、835(承(しょうわ)和2)年高野山で没。62歳。921(延喜(えんぎ)21)年弘法大師の名を賜(たまわ)りました。


 

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