トップページ > 鹿野雑学入門 > 伝説と民話 > 白馬にまたがった神様

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 昔のことです。ある年、毎日毎日雨がふり続き、今市村の人々は又大水にならなければ良いが、と空を見上げていました。ところが今日はいつもより激しく大きな雨が降り続いています。そのうち村のあちらこちらで大水を心配する声があがりだしました。
この頃の今市村の上田圃(かみたんぼ)の水頭(みずがしら)は上家(かみね)の次郎(じろう)右衛門(えもん)でした。次郎右衛門は心配でたまりませんがどうすることもできません。ただ神棚の前にすわって神様にお祈りするばかりでした。空からは大きな雨が降りそそぎ、その上風までが強く吹きだし、河内川は水かさをましてゴウゴウと大きな音をたてて流れ、村人たちは生きた心地もなくふるえ上がっていました。
その時です。この激しい雨風のなかを、リンリンリンと鈴の音を鳴らしながら村の中を通り過ぎていく馬のひづめの音が聞こえました。次郎右衛門はすぐに表に飛び出しました。むこうの方に誰かが白い馬にまたがって上田圃の方に進んで行くのが見えました。次郎右衛門はその後を一所懸命に追いかけました。やっと上田圃で追いつきますと、白馬の上から「次郎右衛門!急いでここに石を積め!」と指図されます。次郎右衛門は追いついてきた村人たちと一緒に、夢中で指図されるように石を積み続けました。どしゃぶりの雨の中を懸命に働いた一同は泥まみれのまま倒れこんでしまいました。
夜が明けて見ますと、上田圃の上手(かみて)に人の力ではとても動かすことのできない大きな石をつかって長い立派な石垣ができて、ゴウゴウと流れてくる水をはね返しているではありませんか。村人達はこの新しい石垣が水をはね返す様子を長い間見つめていました。
「あれはだれだったのだろう」村人達は残された馬のひづめのあとをたどって行くと、勝宿大明神の社にたどり着きました。白馬のひとは勝宿大明神だったのです。このことがあってから村の人達は勝宿大明神をいっそう深く信仰するようになりました。
勝宿大明神とは寺内にある加知弥神社(かちみじんじゃ)のことです。この参道の敷石(しきいし)にこの夜のひづめの跡が残っているといわれています。またこのとき神様が指図して築かれた石垣は「災難垣(さいながき)」といわれ、1919(大正8)年に補修されましたがいまも立派に役立っています。


 

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